恋愛セミナー70【東屋】第五十帖 <東屋 あずまや-4> あらすじ薫は弁の尼君と申し合わせた日に車を宇治へやり、そのまま浮舟のいる京の三条の家へ向かわせます。 弁の尼君の突然の訪問に驚きつつも、話し相手もなく過ごしていたので喜ぶ浮舟。 「薫の君に熱心に頼まれまして。」と弁の尼君。 浮舟や乳母は薫の気持ちをうれしく思いますが、急なことなので返事のしようがありません。 その夜、薫は何の前触れもなく浮舟の家を訪ねました。 皆、驚いてまごついていましたが、ようやく薫を部屋に通します。 浮舟との間に遣戸(やりど 引き戸)があるのを、「こんな扱いは受けたことがない。」と 引き開け、中に入ってしまう薫。 「宇治でお見かけしたときから忘れることができなくなったのは前世からの縁でしょうか。」と 大姫のことなど色にも出さず、恋を語ります。 浮舟は美しく素直で、薫は望んだ通りだと満足しました。 翌朝、薫は浮舟を抱きかかえ、車に乗り込みます。 結婚を避ける九月だったので、人々は戸惑いますが薫に任せるようなだめる弁の尼君。 浮舟の女房・侍従だけが供をして、一行が向かった先は宇治。 道中、浮舟をつくづくとみた薫は、その美しさを認めながらも、亡き大姫を思い出し涙ぐみます。 「この可愛い人を形見と思って見ても朝露が覆い尽くすように涙で濡れる袖。」 宇治についても、大姫が浮舟を連れてきた自分をどう思うだろうと考える薫。 浮舟は母君が何も知らないのを案じていますが、薫の美しさや優しさに心を落ち着かせようとするのでした。 薫は物忌みという口実で、何日か宇治に留まることにしました。 まだ洗練されていないところはあるものの、髪は女二宮と同じほど美しく見える浮舟。 おっとりと頼りない浮舟を、妻として扱っていいものか決めかね、当分は 宇治においておこうと思うものの、めったに会えなくなると考えると切なくなってきます。 八の宮がよく弾いていた琴を取り出しても、きっと浮舟は弾けないだろうと思い、 「なぜあなたは常陸という遠い国で育ったのでしょう。」と言う薫。 はにかんで横を向いた浮舟の白い顔は、やはり大姫そっくりです。 「やどり木の色が変わる秋ですが月は昔ながらに澄んでいます。」と弁の尼君。 「宇治の名も昔と同じなのに閨にとどく月影に見えるのは、あの人ではないのです。」 感慨深く、薫はそっと詠むのでした。 恋愛セミナー70 1 薫と浮舟 身代わりとして 悠長にかまえていて大姫を失い、お人よしにも匂宮に中の姫を譲ってしまった薫は、 三女浮舟にいたってようやく八の宮の娘を手に入れました。 場末の粗末な家に車を乗り入れるさまは、源氏が夕顔を訪れたときのよう。 なよなよとした花が手折られように、浮舟はあっさりと薫のものになったのです。 突然やってきて、女房一人を連れ、略奪するように宇治へ行くのも、夕顔のときと似ています。 また、紫の上が幼くして連れていかれたときとも。 身分低い女性なら、軽々しく扱いやすいのか。 姉二人が相手の時では考えられないような、大胆な行動です。 連れてきておいて、妻とするのは世間体が悪いと思う薫。 そしてそれ以上に心の中に残り続ける大姫の面影が浮舟への情熱にブレーキをかけます。 宇治は憂しに通じる土地柄。 あれほど恋い慕った大姫の魂が、俗に染まってゆく薫の有り様を憂いを込めた深いため息をつきながら 眺めている気配。 浮舟を愛しいと思いながら、大姫が二重写しになっている。 かつて夕顔が木霊の棲む荒れ果てた屋敷で亡くなる前も、ふと六条御息所の面影が重なりました。 心を移すことをためらわせる女性の存在が肥大し、あたかも目の前にいるかのよう。 やはり、浮舟は大姫の身代わり、人形に過ぎないのです。 「人形を身代わりとして」という考え。 もともと人形は、生きた人の代わりに厄を受けてもらうためのもの。 紫の上が幼い頃、人形遊びをしているシーンもあるのですが、これは現実の世界を模倣したごっこ遊び。 生きた人形で、大姫ごっこをしようとする薫。 紙で作った人形と違い、飽きたから、厄がついたからと簡単に流すことはできない危険な遊び。 紫の上を愛しながら、藤壺の面影を重ねていた源氏も、薫と同じような煩悶を心のどこかに隠し持っていたはず。 手に入れることのできない存在を瓜二つの女性で代用しようとした源氏は、 満たされることなくすすんでゆくしかありませんでした。 薫もまた、源氏と同じ道を踏み迷うのでしょうか。 ジャンル別一覧
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